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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5044号 判決

原告 株式会社太陽銀行(旧商号株式会社日本相互銀行)

右訴訟代理人弁護士 徳田実

被告 畠山千枝

被告 千秋みどり

右訴訟代理人弁護士 遠藤雄司

主文

一、被告らは連帯して、原告に対し金三四三万二、八三四円およびこれに対する昭和四四年一二月一九日以降右完済に至るまで日歩四銭の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、この判決は被告畠山に対しては無条件で、被告千秋に対しては原告において金一〇〇万円を担保に供することを条件として、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

原告は、主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、被告畠山は請求棄却の判決を、被告千秋は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(原告の請求の原因)

一、原告は、被告畠山に対し昭和四〇年六月二五日、金一、五〇〇万円を左の条件で貸与した。

(一) 償還方法昭和四一年一月五日を第一回目、同四五年六月五日を最終回とし、毎月五日に金二八万円を償還する。但し、最終回は金一六万円とする。

(二) 期限の利益喪失約款借主(被告畠山千枝)が、右約定に違反したときは原告の催告によって期限の利益を失い、一時に残債務全額を弁済することとする。

(三) 遅延損害金 日歩四銭

二、被告畠山千枝は、被告千秋みどり(旧姓畠山、芸名畠山みどり)の母親で、右千秋みどりが歌手としてデビューして以来、同人のマネージャーとして身辺の雑事を一切処理するための包括的代理権を与えられていたものであるが、右同日、被告畠山は、千秋みどりの代理人として畠山の前記債務につき原告との間に連帯保証契約を締結した。

三、しかるに被告らは、右償還債務につき昭和四二年三月五日に支払うべき分の弁済を履行しなかったので、原告は被告畠山に対し同年四月二五日到達の書面で残元本の返済を請求し、これにより、残金について弁済期が到来した。

四、仮に前記保証契約が締結された当時被告畠山が被告千秋を代理する権限を有しなかったとしても、原告と被告らとは本件貸付に関して昭和三九年中から折衝していたところ、その間少なくとも昭和四〇年三月ころまでは被告畠山は被告千秋の代理人として保証契約を結ぶ権限を有し、原告との折衝を行っていたものが、その後に右権限を失ったものであるから、民法一一二条の規定により被告千秋は本件保証契約上の責任を負うべきである。

五、よって原告は、右貸金のうち、被告畠山が弁済した金一、一五六万七、一六六円を控除した金三四三万二、八四三円及びこれに対する、弁済期経過後の昭和四四年一二月一九日以降右完済に至る迄日歩四銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、被告畠山千枝

請求原因事実第一ないし第三項をすべて認める。

二、被告千秋みどり

(一) 請求原因第一項の事実は不知

(二) 同第二項の事実は否認。

(三) 同第三項の事実は不知

(四) 同第四項の事実のうち、被告畠山が昭和三九年中から本件貸付に関し被告千秋の代理人と称して原告と折衝していたことは知らず、その余はすべて否認

なお、被告畠山が被告千秋の代理人として本件保証契約を締結したとしても、被告畠山は主たる債務者であるから右契約は双方代理に該当し無効である。

(被告千秋の抗弁)

仮に原告主張のようにいったん被告畠山が本件保証を契約に関して被告千秋を代理する権限を有し後に右権限が消滅したとしても、原告は右代理権の消滅を知り、もしくはこれを過失によって知らなかったものである。すなわち、原告の本件貸付担当者は、本件保証契約書の被告千秋の署名が同人の自署でないことが明白であり、また同被告が本件保証契約の二箇月以上前に結婚しているにもかかわらず旧姓のままで右契約書に署名押印している等の事情があったのに、被告畠山の代理権の存否について確認を怠ったのである。

(右抗弁に対する原告の答弁)

悪意または過失があったことは否認。

第三、証拠 〈省略〉

理由

一、原告と被告畠山千枝との間では請求原因第一ないし第三項の事実につき争いがない。

二、原告と被告千秋みどりとの間では、

(一)  〈証拠〉によれば請求原因第一項の事実および同第二項のうち同被告が右貸金につき被告千秋の代理人たることを示して連帯保証したことを認めることができる。

(二)  そこで、被告畠山において、本件連帯保証契約について被告千秋みどりを代理する権限があったかどうかにつき判断するに、被告千秋が、歌手としてデビューした昭和三七年六月以降母である被告畠山をマネージャーとして身辺の雑務一切を任せ、不動産の購入等についても同被告に代理権を与えたことがあることは、〈証拠〉から認めることができる。

しかし、右事実からしてただちに原告主張のように被告畠山が被告千秋の財産の管理処分一切について包括的な代理権を有し、個別的な授権を得るまでもなく本件保証契約についても代理権を有したものと断ずることはできず、他に右原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。しかしながら〈証拠〉によれば、被告畠山は、被告千秋の代理人として東京都町田市成瀬所在の土地を購入し、その地上に家屋を新築するについて資金の融通を受けるため昭和三九年夏ごろから原告との間に本件貸付に関する交渉をして来ており、被告千秋も右交渉がなされていることを承知していたことが認められるから、右事実と上記認定の被告両名の間柄に照らせば、被告千秋は昭和三九年ごろいったんは被告畠山に対し本件保証契約締結に関する代理権を与えたものと認めるのを相当とし、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できない。

ところが、〈証拠〉によれば、被告千秋は昭和四〇年四月一六日結婚して畠山姓を千秋に改めたが、右結婚に被告畠山が反対したことから被告両名の間に深刻な感情的対立を生じ、同年四月からは被告畠山は前記マネージャーの仕事をやめたばかりでなく、被告両者間の一切の交際は断絶状態となり、その状態が本件貸付および保証契約が締結された同年六月当時も続いていたこと、被告千枝は結婚に際して被告畠山に対し前記成瀬の土地を贈与する旨言明したこと、本件保証契約につき作成された契約書(証拠)の被告千秋名義(契約書では畠山姓を使用)の署名は被告畠山が筆記したものであり、その名下の印影は被告千秋の実印によるものであるが(この点については争いがない)、被告畠山が被告千秋のマネージャーをしていたころから引続き所持していたものであることがそれぞれ認められるから、右契約当時はすでに被告畠山の前記代理権は消滅していたものというべきであり、この認定を動かすに足りる証拠はない。

(三)  次に、原告が右代理権の消滅を知り、またはこれを知らないのについて過失があったかどうかの点を考えるに、まず、〈証拠〉中には、同被告が本件契約の際原告の貸付担当者に被告千秋の承諾を得ていない旨告げた旨の供述が存するが、これによってただちにそのような事実があったことは認め難い。また本件契約書(証拠)中の被告千秋を表示する「畠山みどり」なる署名が同じ契約書中の被告畠山の署名と同一の筆跡であることは一見明白であり、また右「畠山みどり」の署名の下には同じ姓名を刻した判が押されていることが認められ、さらに〈証拠〉によれば原告の貸付担当者も本件貸付当時被告千秋が結婚したことを知っていたことが認められる。しかし、被告千秋が結婚後も「畠山みどり」なる芸名を用いていることは〈証拠〉によっても明らかであることをも併せ考えるときは、上記認定のような事情が存するからといって原告が本件代理権消滅を知らなかったことについて過失があるということはできず、その他本件全証拠によっても被告主張のような原告の悪意または過失を認めることはできない。

(四)  被告千秋は、本件保証契約は双方代理に該当するから無効である旨主張するが、右保証契約の当事者は同被告と原告とであるから被告畠山がこれについて被告千秋を代理しても双方代理ということはできないし、また主たる債務者である被告畠山が被告千秋を代理して保証契約を結んだことが右契約本来の効力の発生の妨げとなるものでもないから右主張は理由がない。

(五)  そうすると、被告千秋は本件保証契約上の債務を負担するものというべく、〈証拠〉によれば原告が被告畠山に対して請求原因第三項のとおり残元本の支払の催告をしたことが認められるから、これによって被告千秋の保証債務についても弁済期が到来したものというべきである。

三、ところで、原告の被告らに対する当初の債権額は前示のとおり金一、五〇〇万円であるが、その後、被告畠山から一、一五六万七、一六六円の弁済を受けたことは原告の自認するところであるから、結局、原告の被告らに対する残債権額は、三四三万二、八三四円ということになる。

従って被告らは連帯して、右金員およびこれに対する原告の催告による弁済期到来後である昭和四四年一二月一九日から右支払済みまでの日歩四銭の割合による遅延損害金の支払をなす義務があり、原告の請求は理由があるので、これを認容する。〈以下省略〉。

(裁判官 加藤紀久男)

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